自己紹介

NO IMAGE

はじめまして、しんいちです。

ブログを閲覧頂きありがとうございます。

まずは自己紹介を行いたいと思います。

しんいちについて

 ・愛知県在住の30代

 ・会社員

 ・背がむだに高い

 ・興味があることは割とのめり込む

 ・でもあるレベルまでいくとすぐ飽きる

趣味について

 学生時代はオンラインゲーム(FF11)に明け暮れてました。

 それと夜な夜な海外サッカー観戦をしてました、完全にインドア趣味です。

 アルバイトで書店員やっていたのもあってマンガも大好きです。

 社会人になってからは旅行、登山、キャンプ、ロードバイクなど

 アウトドア趣味にも目覚めました。

 でも身長は全く活かせれてないです。

仕事について

 愛知県の自動車部品の製造を行う会社で品質保証の業務をしてます。

 学生時代は両親から「働く事は我慢するもの。我慢する事でお金が貰える」とい事を

 聞いて育ったこともあって、働く事にまったく希望はなく、

 安定した会社で生活費と休みに遊ぶ為のお金を貰えればいいやー的な

 甘い考えで今の会社に入り、10年続けました。

昇進したのを機会に、定年まで本当にこのままで良いのか

自分の人生について考えはじめました。

同じように悩んでる人と共感できたら嬉しいです。

次からは現在に至るまでのおおまかなプロフィールです。

お好きなところより一読ください。

学生時代(~高校時代)

小学の時はよく言えば、明るい子供でした。しかし授業中などではうるさい印象を

与えることもおおくて、先生によく怒られていました。

当時は頭で思ったことを止めておくことができなかったので、思いついたらすぐに

発言していたようです。

今はまわりのことが気になってしまい発言するのを辞めてしまうくらいなんですが

当時はそんなこともなく思いついたことを発していました。

中学くらいになってくると、自我がどんどん形成されていくのか

他の人のことが気になって発言も控えるような性格になっていきました。

当時はいじめなども流行っていたこともあり、自分が対象とならないよう

身を守るためでもあったのかもしれません。

そして、少しやさぐれていたこともあって、高校へ進学時は

「自分を知ってる人が居ない高校に行きたい」と思っていました。

いまでもそうですが、定期的に人間関係をリセットしたい衝動にかられます笑

でも、他県で一人暮らしをするなんてことは親が了承してくれなかったのですよね。

それでも知ってる人が居ないという希望を叶えるために、

家から通える範囲内で、遠いところを探しました。

合理性に欠けるために正直に親に話をしても理解してもらえないだろうと思ったので

親を納得するためには、親が喜びそうな理由を後付する必要がありました。

となると、進学校へ入学するしか当時の自分の頭ではでてきませんでした。

もともと勉強は好きではなかったのに進学校なんて笑ってしまいますよね。

入学後は進学校という名前の通り、つねに勉強をさせられる環境でした。

まわりも勉強する人が多かったですし、試験の頻度や各種課題など

学校から課せられるものも多かったように思います。

自分なりの勉強方法など質の面でも確立したものはなかったので

入学時点の成績は下から数えたほうが早かった記憶です。

しかし半ば強制的に勉強をさせられる環境だったために、勉強時間が増えていきました。

次第に先生のクセなども見抜けるようになってくると成績もよくなっていき

どんな試験内容かもある程度検討がつくようになります。

そして最終的に学内で5番以内をキープできるようになりました。

(ただし学内のテストで通用する方法でしたので模試などに悩まされることになります)

ここまでですと、ただ勉強をしていたガリ勉だと思うかもしれません。

在学中は、勉強をよくしていた記憶がありますが、勉強をする動機が少しおかしかったです。

「まわりの期待に答えなくてはいけない」

と常に自分を追い込んで勉強をさせていました。

逆にそれしか考えていませんでした。

勝負で人に勝つとかそういったことに喜びを感じにくかったのですよね。

勝ったら相手に対して申し訳なくなる性格でしたし、勝負ごとは大嫌いでした。

だけど親の期待しているレベルや、友達の間でのレベルを維持するためだけにやっていました。

自分の進路を考えることもなく、同じように知り合いは居ないとこであればどこでもと

思っているくらいなので、在学中のモチベーションはただ周りとの調和が目的でした。

定期テストや模擬試験など、なんらかのテストが近づいてくると、

期待に答えられなかった時のことを想像して、その不安から食事が喉を通らないことも多かったです。

テスト前になるとみるみると痩せていくのがあたりまえでした笑

大学について考えなくてはいけない時期になってくると、

自分が学びたいことが学べるところにいくものが大学や高校と今は思うのですが、

当時はここだったら親もなにも言ってこないだろう、先生にも文句いわれないだろう

同級生のなかでも良いほうだろうと、実際にどう思われるているかは別として、

全体の調和を基準に考えていました。でもだんだんとそんなモチベーションを維持するのも

困難になっていきます。学びたいという欲求を育てることができなかったのですから。

大学受験をやりきるモチベーションは自分にはないと当時思ってしまいました。

そして推薦を利用して、その枠で入学できそうな大学にいくことになります。

その時、もう成績で比べられることはなくなるんだとすこし肩の荷がおりた感じがしたのを覚えています。

大学時代

高校の時に勉強を無理やりやっていたこともあって、もう勉強はしたくないと当時は思っていました。

勉強漬けで大学生活を終わらせたくはなかったので、アルバイトを始めました。

家の近くにある本屋さんでアルバイトを募集しているのを聞いてすぐ募集したのを覚えています。

勉強の合間などに漫画を読むことも多かったので、それなりに知識があると思っていたのです。

採用してもらったあとはたまたま漫画の担当をさせていただくことができたので

楽しくやっていました。このアルバイトは大学卒業まで続けることになります。

大学の授業内容自体にはまったく興味がありませんでした。

受験のための勉強から逃げるために、推薦が使えそうな学科にはいったので

学ぶことに対して深い興味を湧くことができなかったのも当たり前かもしれません。

でも単位足らずで留年をしても金銭的に親へ負担をかけたくないと思ったので

とにかくすくない労力で単位だけはとるように意識していました。

そしてそんななか時間を忘れて没頭するものに出会います。

オンラインゲームでした。たまたま高校時代の友人がやっていたのですが

話を聞いていると楽しそうだったのとお誘いがあったのをむげにできませんでした。

やってみるとすぐにハマり、アルバイトと大学の講義いがいはすべてをそこに投入しました。

現実逃避だったのかもしれません。

そんな生活を3年ほど続けたのちに、4年生に近づいてくると就職の話がでてきます。

当時は氷河期と呼ばれる時代でしたので、買い手市場が続いていました。

なので、採用してもらうためには競争をさせられることが多く

グループディスカッションや筆記試験、面接がなんども実施される時代です。

自分は高校の時から、争い事は嫌いです。競争して勝ちたいといった欲が少ないので

周りと競って採用にこじつけるということにまったく興味がわきませんでした。

自分がやりたい仕事などもわかっていなかったので、やりたくない仕事をやるために

やりたくない競争をさせられる。そんな被害的な意識だったように思います。

でも就職しないのも親を心配させてしまうので、学校の紹介で教えてもらった企業に

受けにいったところ内定をいただくことができました。

会社員に希望をもっていなかったので、どこで働いても一緒だと思っていました。

なので何社も受けて検討するつもりは全くなく、その一社の内定だけで

逃げるように就職活動を終えました。

その時もよけいな争い事は最小限に済ませれてよかったとほっとしていたような気がします。

会社員時代

会社員に対して希望をあまり持っていなかったこともあって、すごく受け身だった気がします。

なにか成し遂げたいといったこともなく、会社から上司から言われることだけをやる。

それ以上もそれ以下も目指さない。

そのほうが余計な争い事もしなくて済むので気が楽だと思っていました。

なんなら意思決定をしなくて済む仕事がよいとさえ思っていました。

工場でいう流れ作業とか事務仕事でよいと考えていたのです。

(人生経験も少なかったので、そのような仕事を下に見ていたきらいがありましたが

あとからどんな仕事でも意思決定はあって、上か下かなんて区別はないと気付きました)

生きるためのお金を稼がないといけない、その時間は割り切って仕事をしよう。

そしてなるべくなら心の負担が少ないような業務ができるとよい。

「争い事は避ける」、「波風を立てない」が僕のモットーでした。

代わりに週末はストレス発散のために可能な限り時間をあてる。

なにか「生きている」と実感できる日にちは、金曜の夜から日曜の夜くらいな感覚でした。

そんなマインドで働いていたこともあって、出世は同期と比べても早い方じゃなかったのもあるいみ当然です笑

さらには昇進試験も落ちているので同期から比べると遅かったですね。

でも昇進試験に落ちたこともあって、自分の人生について向き合うことになります。

会社を辞めるのか、続けるのか。続けるなら再試験を受けさせてもらえるように仕事を頑張る。

いろんな選択肢があると思いますが、自分がどうしたいのかあまりわかっていませんでした。

まわりを忖度しすぎて自分の気持ちを脇に追いやるということがあたりまえになっていたのですから。

そして会社員を抜け出したいとは思っていたものの、実行に移す勇気もなかったので

再試験を受けさせてもらえるように仕事を頑張って、その後の昇進試験にも合格しました。

しかし、昇進試験に合格したことで自分にとってある種の目標達成感があったのです。

さらに上を目指そうという意欲がまるでないということに気が付きます。

(自分はここらへんが限界と悟ったのかもしれません)

そして在籍中にできることとして、転職活動も行いました。

当時は同じ職種で探していたので、最初は真新しい発見はあるかもしれませんが

基本的な業務はきっとおなじだろうなと思ってしまい、転職までは至りませんでした。

そんな自分でも内定をだしていただけた企業さまには感謝しかありません。

つづいては副業、投資に手を出してみます。

どれもそれ単体で独立ができるほどの収入には到達できませんでしたが、

会社を辞めたら・クビになったら生きていけないのではと思っていたのが、

死にはしないのではという思いにだんだんと変わっていきました。

そうなると会社に無理して在籍していても自分のためにもならないし、

会社もやる気のない社員は置いておきたくもないでしょう。

そんなことを考えるようになり、会社にしがみつくという気持ちは

少しずつ薄れていき、嫌な業務が重なったのを機会に辞表をだすことができました。

最終出社日の開放された感じは一生忘れることはないと思います。

現在(フリーランス時代)

会社をやめてからも会社員時代からやっていた副業を継続しながら

失業手当を受給させてもらっていました。

(求職活動をしており、実際に内定があれば就職できることが前提のため

副業にあてれる時間も制限があって申請する必要があります)

転職活動をするにしても一度辞めてからしたかったのです。

在籍中に次の働き口を探すのがよいというのがセオリーかもしれませんが

嫌な業務が重なってきたり、残業が立て込むと時間的な余裕だけでなく、

精神的な余裕もなくなって、まともな思考をとれなくなってしまうので自分の体調を優先しました。

しかし少し休んでから転職活動を行ったものの、求人案内の仕事内容でピンとくるものを

見つけることができませんでした。

というより色々と理由をつけて「就職することを避けていた」ように思います。

そして35才転職限界説などの年齢的なものもあいまって就職することは

個人的には諦めたほうがいっそスッキリするのではと思うことができました。

なので現在は就職という選択肢を捨てて、別の道を模索中です。

ここまで読んでいただいてありがとうございます

道半ばの状態ではありますが、その時その時に感じた気付きについて

シェアしていきたいと考えております。

こんな僕があなたのなにかお役に立てるかわかりませんが

精一杯がんばりたいと思います。

もしよかったら他の記事もご覧いただけると嬉しいです。